長い行列に並んでいる。

列のさきには体育館があり、噂によれば今日、そのなかで役人による選別が行われているらしい。その試験に合格したものは、どのような国にも無条件で永住を許され、さらに優先的に住居を安く借りられる権利を得る。望むなら北朝鮮の市街地にも、もしかしたら遺跡の中にも住むことができるかもしれない。さらに良いことには、選択が気に入らなければいつでもその国を出ていくことができるのだという。ここに混ざるだけで、まったく新しい特例が認められる初めての人になれるかもしれないわけだ。人々は期待に高揚してお祭りのような雰囲気になっていた。

彼らの肌はみな黒く、服装の形態や生地はさまざまだが、水色と白の縦ストライプの柄が半数以上あった。これはおそらくサッカーアルゼンチン代表をモチーフにしているんだろう、と思い至り、いま自分は日本ではなくアルゼンチンにいることを知った。

ごった返していた外の景色が嘘のように、体育館の中は人が少なかった。簡易的なついたてで区切られた中それぞれに白いテーブルが置かれ、奥にマスクをした人が座っている。それはショッピングモールに設けられた占いコーナーを思い出させた。

ここでどうのように選別が行われるのかは説明がなく、ヒントすらまだ見つけられない。筆記テストがあるならスペイン語のできない私は落第だろうと思った。

いつの間にか目の前には先ほどみた白いテーブルがあり、ヒジャブを着けた女性がそのむこうに座っている。私は椅子にこしかけて対面した。彼女はゆっくりとタロットカードを繰って、テーブルの上に差し出した。これを選べというのなら、彼女は占い師でまちがいなさそうだ。私がカードを取ろうとすると、彼女は口を開いた。

「私はくじらの手相だってみたことがあるんですよ」

くじらの手相。

それはなにかの冗談なのか、比喩なのか、はったりか、あるいは本当にくじらのヒレの皺をみて占ったことがあるのか、表情の隠された彼女の声からだけでは判断がつかない。話のつづきを待つが、相手は動かなくなり、それから長い沈黙が流れた。妙なやり取りだ。まるで何か試されているような──。

あ、もしかしたらこの人はやっぱり試験官で、私の返答が試験の合否を決めることになるのかもしれない。その可能性がある限り、できるだけ慎重にならなくてはいけない。と思うが、しかし、仮にくじらの手相の話が試験だったとして、それについていったいどう答えればいいんだろう。そんなことは今までに誰も教えてくれなかった。

 

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