スマホをこちらにかざしながら若い男が近づいてくる。どうやらニコ生で配信中らしい。私はなぜか彼に親しみを覚え、配信をみている人に向けて笑顔をつくってみせる。

黒縁メガネのその男は黙ったままリュックを肩から外し、中にある大学ノートを差し出して「7000円でこれを買ってください」と言う。自作のレシピ帖なんだそうだ。7000円はちょっと高いかな、といって断ると、もう一冊ノートを取り出して開き私に見せてくる。そこには、ひとつひとつのレシピがいかに細かく歴史体系を換骨奪胎して発案されたのかが、図によって記されている。食材、調味料、調理法をべつな大陸から、くまなく組み合わせた多国籍料理のひとつひとつを意味付けしたうえで、それらを新しい定番にまで押し上げてやろう、という計画らしく、たいへん志の高いことが伝わってくる。企てが成功しているかどうかはわからないけれど、少なくともそう伝えようとする意思には切実なものがある。ここにかけた熱量を考えれば7000円くらい安いでしょう、というわけだ。私はそれでも高いと思ったけれど、根負けしてしまい結局お金を払った。