松方弘樹の店」に入る。夢の世界で松方弘樹は存命なのだが、その店を経営しているのは松方弘樹ではなく古橋という名の中年男性らしい。日本一の松方マニアを自負する古橋さんは、松方弘樹が出演したドラマ、CM、バラエティまでほとんど全てを録画していて、店内にはそれをダビングしたVHSが並ぶ。ビデオ以外にも、松方に関するグッズ(ブロマイドからスーファミのゲームまで)が豊富に揃っている。店内は入口から出口まで客が歩く順路が定められ、松方弘樹の芸能史が年代に沿って追えるよう設計してあり、タレントショップというよりは博物館に近い構造である。壁には往年の映画ポスターが隙間なく貼られて、それを見るだけでも入店した価値があったと私は思う。

古橋さんは店の奥に暮らしていて、松方弘樹の部屋を盗撮しているモニターをだいたいいつも眺めている。モニターは客からは陰になった位置に置かれているが、なぜか私にだけそれがみえる。子供番組のセットを思わせるカラフルな部屋のなかを松方がうろつき、コーヒーを淹れたり本を読んだりする姿が画面に映る、その松方の行動が変わったタイミングに合わせて、古橋さんはターンテーブルにレコードを乗せて店内BGMを移していく。選曲は直接に松方弘樹と関係するものではなく、古橋さんの趣味であるエレクトロニカイージーリスニングで、音をいかに松方弘樹の行動やそのとき醸し出すムードとぴったり合わせるかが腕の見せどころだ。とはいえ聴いてる客はどこが合っているのか知りようがないのだけれど。古橋さんは繋ぐタイミングをしっかりとらえられるように努めてレコード棚とモニターを交互にみつめている。

 

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