3人の友人と東京ドームまで野球観戦に向かう。自分以外のひとは何度かドームに行ったことがあるらしく、彼らは道中、球場では歓声がよく響くんだとか、客席の幅がどうなっているかといった情報を教えてくれた。

球場についてまず目に入ったのは、ピッチャーマウンドとセンターポジションの間に設営された格闘技のリングだった。その周りで大男たちがロープの張り具合をたしかめたり、ストレッチしたりと、これから戦いに入るための準備に勤しんでいる。さらにそれを大きく囲んで野球選手たちがキャッチボールや素振りをして、大声をあわせ気勢をあげる。

これから野球とプロレスが、同時に同じ場所で開始されるようだ。我々は誰ひとりこの抱き合わせに異議を唱えない。両方いっぺんに楽しめるのだから、まあこういうやり方もひとつあり得るかたちなのだろうと本番を楽しみにしていた。

いつの間にか試合がはじまっていて、私のいるライト内野席から、一塁に走る選手の姿がちかく、目の前を横切った。外野のリングは、どうみても過剰としか思えない四方八方からの強烈な照明を浴び、その上で技をかけ合うレスラーたちの体が金色に輝いている。あまりの眩しさに何が起こっているのかよくわからないほどで、うっかりするとどちらがどちらの選手かさえ見失いそうになってしまう。それで私は野球を中心に観ることに決めたが、どういうわけか1塁コーチを中心とした固定カメラをみるように視界が限定されてしまい、こちらもまた試合状況がつかめない。とはいえ、ビールを飲み、からあげを食べしてるうちに花見をしているようなやわらかい気分になって、ただ選手たちが熱を持って戦っていることを感じるだけで面白いのだった。神輿をみるだけがお祭りではない。

始まったときと同じように気付かぬうちに試合は終わって、私はフィールドの中に入っていった。50歳くらいのロートルレスラーがこちらに駆け寄って「どうだった?今日の俺」と聞いてきた。長い金髪が汗だくの額に張りついて、体は赤く熱っている。額に2本しっかりと刻まれた皺は長年の修練を想像させる。しかしこの選手、顔はおぼろげに記憶にあるけれど名前が思い出せない。さて、私はほとんどプロレスの方をみていないので嘘をつくことになるが、これだけ彼が嬉しそうに聞くのだから、素晴らしい動きでした、と言っておけば間違いないと決め、そう伝えると、彼はゆっくりと芝生の上に寝そべって、片肘をついて頭を支え、口もとに笑みを浮かべたまま目は眠たそうに天井をみあげた。これは完全に充実した仕事をした者のしぐさだと思った。たしかにこの人は先ほど、あのリングの上で素晴らしい動きをしたにちがいない。

 

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