小学生時代の友達が家にやって来た。めったとない機会だからゆっくり話をしたかったが、彼は出したお茶に手をつけず「リングの仕事があるから」とだけいって早々に席を立った。玄関で靴をはいているときに「そうだお前、電池を持っていないか」と尋ねてくるので、たまたまポケットに入っていた単三電池を渡すと、友達はそれをニーガードのなかにセット(それは弾帯のように片手で装填できるデザインだった)してからドアの方を向き、体をひねり、空中に膝蹴りを放った。どうやらそのニーガードには電気的に蹴りの威力を増強させる機能があるらしい。

友達は効果を確かめるようにシャドウをつづけたが、しばらくして動きを止め「ちょっと足りない」とつぶやき、電池を外し、私に返した。おそらくもっと高価な電池だったら素早くつよい収縮がおこり、鋭いキックが打てるのだろう。けれど残念ながら、私はほかに電池を持っていない。

いつの間にか友達はさっきまで来ていた服を脱いでプロレスラーのような黒いショートタイツ姿になっている。彼に何があったのかはわからない。そもそもスポーツが不得意で格闘技を好むタイプではないと思っていたが、でもそれはたんに子供の自分が持っていたひとつの印象に過ぎない。ただ眉間に深々と刻まれた一本の皺が、会わなかった時間の長さを感じさせる。電池なしでも素晴らしい試合ができるように、と願いを込めて、私は彼の背中をポンとひとつ叩いた。