夜の海。私は漁師たちと船に乗っている。デッキには先ほど獲ったばかりのホタルイカが敷き詰められて、歩くには足の踏み場をよく探さないといけない。

街の明かりは遠い。港へ帰るまでにはまだ少し時間がかかりそうだ。月の光が水面をふち取って、波が強いことをわれわれに教えてくれるが、それにしては船が揺れる様子がまるでなかった。

いつの間にか隣に来ていた、船頭とおもわしき男が船べりに両手をかけ、ひとの肩を揉むように指を宙で動かしながら「さあ、仕上げるか」と音頭をとると、船員たちはみな一斉にうつむき、ホタルイカの足を蝶々結びにしはじめた。すると、細工されたホタルイカは、蝶々のようなイカ──あるいはイカのような蝶々、いずれとも呼べそうな生き物──に変身し、ピンクの光を発しながら遠く沖へと去っていった。まるでたんぽぽの綿毛が舞うように。群れは散り、潮風に乗ってそれぞれ次の住処を探すのだろう。

漁師たちが自分から漁獲物を逃してしまう理由はよくわからないが、そこには伝統的な儀式につきものの緻密さと、静かな高揚をともなう開放感があった。彼らの作業を自分も手伝うほうがいいんだろうとは思うけれど、うまくイカの足を結ぶ自信のない私はただその光景を眺めていただけだった。