パソコンの電源を入れると、ひとりでに作曲アプリが立ち上がった。画面は紺色の地で占められ、白い縦線が等間隔にならび区切っている。その空間にマウスで黄色い点を配置して行けば曲の流れが出来上がる仕組みのようだ。線の少しうしろに点(それは星のようにみえる)をおいて、そうして再生してみると、リズムから少し遅れてメロディがついてくる。とにかく試しに全部そのやり方で通してみて曲がひとつできた。

次の瞬間、場面はテレビ局の楽屋に移っている。大部屋にたくさんのミュージシャンがみえる。簡素な長テーブルの上にグリーンカレーが置かれて、みんなそれを食べている。私はスプーンにルーとご飯を半々にとるが、香りがひどくて、口にいれる前からそれが美味しくないことがわかってしまう。隣に座るピエール瀧が遠慮なく料理の悪口を言っていた。ピエール瀧が地上波に復帰できたのは良いことだと、祝うつもりで声をかけた。話によるといま彼はコカインをやめることができて、かわりにアル中になったらしい。

「いやでもね、もう2杯でやめることができるんだよ。飲むときは飲むけど、2杯にすると決めた日は2杯で止まる。だからそれほど深刻じゃないの。2杯だから」と、ピエールは「2杯」となんども強調して言う。それから話題は山登りに移り、「頂上までたどり着いたときに必ず***するんだ」と言った。***はオチになっているお決まりのフレーズらしいけれど聞き取れず、しかしわかったふりをして私は愛想笑いを返した。そういえば同じ話をむかしこの人から聞いた気がする。けれどピエール瀧とは今日が初対面のはずだから記憶違いなんだろうか。

歌番組は生放送で、バンドが演奏をはじめた。60代くらいの女性グループで、音数は少なくエッジの効いたクールな曲。ボーカルの声がシュガー吉永に似ていて若々しい。ところで私はさっき適当に作った曲を人前で演奏、というか再生することになるんだろうか。このままノコノコとステージに立ったなら、テレビを見る人たちの「おまえ誰だよ」の突っ込みに晒されるだろうし、いっそ順番がくる前に逃げ出してしまいたい、と思っていると、先ほどのバンドメンバーの1人が私のそばに来て「料理番組にいこう」と言った。私が料理をして、彼女はアシスタントの役割でひとつ収録しようという話らしい。これは渡に船だ。そっちの方がずっと良い。

料理スタジオに向かう途中に建物に上がり込んだ。それは川沿いに建てられた長屋のような老人ホームで、空間は仕切られず、おそろしく細長い一つの部屋が伸びる、そこで老人達が等間隔に布団を敷いて寝ている。我々は邪魔にならないように気をつけながら先へ進む。部屋の端には縁側と、これも細長い庭がつづいていて、その向こうには澄んだ水を湛える川が流れる。ある老人のそばにいくと、うっすらとアンモニアの匂いがした、と思えば湿布の鼻をつく香りが漂う場所もある。

「老人は川の流れをみて過去を流し、朝日を浴びて未来を歓迎する」と、どこからともなく解説する声が聞こえてきた。私はこの場所に少しの不気味さを感じていたが、この言葉によって、ここは最期を迎えるにふさわしい、風通しのよい場所なのだろうと考えを変えた。

老人ホームを出て、出町柳デルタのような、のどかな三角州で一息つく。私のアシスタントになるはずの女性は、鞄から細長い風船を5個ほど取り出して、白木の机に並べた。それはバレーボールを応援するときに使うバルーンのような形状だが、透明な素材でなかに細長いパンが入っているのが見える。麺のように細いこれは何パンというんだろう。

「ちょうど昼だし食べようよ」と彼女は言った。

「じゃあこの袋、腕を振りおろして、2人一緒に叩いて破りましょうか」と私は提案した。「いっせいのーで!で行きますね。いい?」

「いっせいのー、で!」と我々は声をそろえて叫んだ。が、どちらとも手を挙げたまま割ろうとしない。お互いがお互いを騙そうとしていたわけだ。彼女は吹き出して、私もそれに釣られて笑った。まるで子供の頃に家族とふざけ合っていた日のような懐かしい感じがする。

 

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