ホテルの一室で知人(と夢では思っているが起きてみれば誰かわからない)女性から、息子をしばらく預かってほしいと頼まれた。マルという名前らしい、その子供は元気に部屋を走り回っているが、体の大きさは赤ちゃんほどで、すばしっこく、なにかジャングルでかしこく暮らす小動物のような印象をうける。私は彼の輪郭がぼんやりしていることに気づくが、それはマルが内側から発光しているからなのかもしれないし、あるいは単に肌艶のよさが光を散らすせいかもしれない。

私はマルの手をひいて階段を降りて、露天風呂にたどり着いた。このホテルの露天風呂の浴槽はワームホールの説明図のようなかたちで、上からとびこんだ人は真ん中にすいこまれたあと、細い通路を抜け、スカートのような形の下部から放り出され、それから地面にほられた風呂にはまる仕組みになっている。

マルは私の手をほどいて上部の風呂にとびこみ、ほかの大勢の人(ほとんどは子供だった)とぶつかり合いながら渦をまいて中央へ流され、落ちた。ザブンザブンと音がする。次から次と子供がつぎたされこぼれていく光景は食品工場のミキサーを思わせる。地上に落ちた子供はふたたび渦の中へ混ざるために上を目指すが、階段はなく凸凹した岩場をつかんで斜面を登らなくてはならない。途中で滑り落ちでもしたら怪我をしてしまうのではないかと心配になるが、監視員はいないし、まわりの親たちは気にしていない。きっと子供は軽いから落ちたって猫みたいになんてことないんだろうと思った。

そうこうするなかで、私はマルを見失った。子供の姿はみんな似通っているうえに、頭は濡れて髪型での判別も難しい。私は自分が子供たちを「群れ」としか認識できないことに気づいた。

 

マルと離れてしまったことを、彼の母である知人に報告しなくてはいけない。さきほどの部屋に戻ると、ベッドに座った背の高い女性と知人が談笑していた。背の高い女性は大きな声で快活に話し、そこに知人がいいタイミングで相槌をいれる。2人の会話のリズムは付き合いの長い者同士にしか生まれない類の、打てばひびく連携があり、私はそこに口を挟む気がおきない。彼女たちのおしゃべりをいつまでも聞いていたいと思うが、同時に自分の異物感も気になりはじめ、すこし雑談をしただけで退室した。ドアを閉めたとき、背の高い女性の声が廊下まで響いてきた。

「あの人は地方性の鼻声だったね。だいたいどこかわかるんよ。私ら雪国育ちだとああいう発声にはならないからね」と、私の声について批評している。地方性の鼻声とは、聞いたことがない概念だけれど、あとに続く言葉で彼女は私の出身地を言い当てた。2人によれば口と鼻をつなぐ通路をどのように意識してつかうかが声の特徴をつくるポイントであり、それには育った土地の気候が大きな──ほとんど決定的な影響を与えるらしい。耳を澄ますと先ほどまでとは違い、2人は学術的な言葉をつかい、鼻腔と口腔の関係について真剣に議論をはじめている。

 

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