中川家の礼二と夜の街を歩いている。そろそろ夕食をとる店を決めなければならない時間だが、主導権は礼二のほうにあるようで、彼は、あの店がいいか、いや今日は休みかなぁ等と、ブツブツひとりごとを呟きながら先へ進む。私はそのあとをついていく。

いきなり礼司は立ち止まり、大きな声で「よし、右翼さんの店にしよ。そうするわ」と言って、パチンコ屋のような派手な外観の建物に入っていった。その店に受付はなく、誰にも会わず個室へ行ける仕組みになっている。礼司は慣れた様子でいりくんだ廊下を進み、扉の鍵を開けると、そこは大型トラックの中だった。

荷台の部分には畳が敷かれて、十分くつろげるスペースがある。そこから直接運転席に入れるのだが我々はここで食事をするんだろうか。それに「右翼さんの店」とは?店長が保守思想を持ってる人なのか。まさか今いるのは街宣車……とさまざま疑問が湧くが、あまりふかく聞く気にもなれなかった。

ノックの音が聞こえて、店員が入ってきた。その店員は菅井きんに似た奥目の女性で、年は60代くらいにみえたけれど、挨拶の声は若い。礼二は「短時間レンタル、1時間半かな」と言い、それを受けて店員が我々にエンジンキーを預ける。

私は100円玉を8枚握っていて、これをどこかへ入れるのだろうと車内を探していると「ここや、ここ」と礼二は苛立った様子でハンドルの下を指さす。その先に銀色のコイン投入口があり、1枚1枚慎重に小銭を入れた。

エンジンがかかり、床が震える。このままドライブがはじまるかに思われたが、店員は車から降りる素振りなく、こちらへ寄ってきて礼二と話しはじめた。どうやら2人は古い知り合いのようで、そのことに私はわずかな疎外感を覚えた。近くでみてわかったのだが、彼女は紫色の、くノ一のコスチュームを身にまとっている。話によればこの店のコンセプトは忍者の里らしく、それに則った新しいサービスを模索しているのだという。

私が「まきびし差し上げます、といいながら釣り銭を渡すのはどうでしょう?」と提案すると、店員は口を大きくあけて笑い、それが止まらなくなった。あまりによく受けているのをみて私は「下ネタですみません」と、なぜか方向ちがいの謝り方をしてしまう。

店員がいうには、従業員たちはちかぢか忍者同士の戦いをテーマにした映画の撮影に入るらしい。ロケ地はメキシコ、出演者のほとんどは店のスタッフで、身内で時代劇を撮るのが社長の念願なのだと。アクションシーンに備えて体をつくっているらしいのだが、彼女はあまりにも痩せているから、これでは撮影中に怪我をしてしまうのではないかと心配になってくる。

話題は店のなりたちに移り、さまざまな紆余曲折のエピソードが語られる。それを聞いているうちにこれまで私の中にあった、この店にたいする警戒心が解けてきた。とはいえ、それはそれとして、もうすでにエンジンをかけてから20分は経っているようだし、そろそろ食事のことを考えたほうが良い頃なのではないか。しかし礼二も店員もすっかり話し込むモードに入っていて終わりがみえない。

 

f:id:yajirusi9:20210909105111j:plain