デパートで旧友と出会った。かつて身なりに頓着のなかった彼は、洒落たスーツを自然に着こなして髪は七三で寝かしつけ、以前より見ちがえてしっかりした男にみえる。今は遠くの街に住んでいるが、今日たまたま仕事でここに来たのだという。

「夜ここでオペラがあるから、一緒にみない?今日はこの近くで泊まればいいから」と友人は言った。その演目は「ボレロで有名なオペラ」らしい。ボレロがオペラの曲、というか歌だとは知らなかった。

「オペラのチケット代をさっと払うような余裕はないよ」と私は断ったが「立て替えるから、あとでいつでも払えばいい」と説得をつづける彼に押し切られた。

チケット売り場へ向かい、2万円を払い、小さな袋を受けとった。中にはピーナッツが詰まっていて、入場時これを見せることになるようだ。ピーナッツは薄皮まで剥がされているが黒ずんでいる。話によればこれは1950年代、このオペラが初演された年に収穫されたものらしい。私は袋からピーナッツをひとつ取りだして眺めてみる。腐敗した感じは受けず、雨に濡れた木のように濃くてきれいな色だと思う。右手で光にかざし、じっくりみていたら、意識が留守になった左手がすべって袋の中身を半分ほどベンチの下にぶちまけてしまった。私は潜り込み拾い集めようとするが、床には黒いピーナッツのほかに普通の薄茶色のピーナッツも散らばっていて紛らわしい。赤いベンチには恰幅のいい男が座ってピーナッツを食べているのだが、運悪く彼のこぼしたものと「チケット」が混ざってしまっているようなのだ。

ひとつひとつより分けて取らなければならないのに、どうしてか私の指は思うように動かず、両方のピーナッツを袋に入れてしまう。でも仕方ない。あとで分別したらいいだろう。それに友人と一緒に入場するのだから、少々べつなピーナッツが混ざっていても不正を疑われることはないだろうし──、と自分を納得させピーナッツを集め終えた。

「いや、君と一緒にオペラみれるのは嬉しいな。本当に」と友人が言った。すこしも照れを見せず、こんなふうに好意をはっきり表に出す人ではなかったはずなのだが。なんだか別人と話しているような気さえするけど、まあ2人とも大人になったのだから関係の仕方だって変わっていくものなんだろう。