ボクシングの試合に出なくてはならないらしい。控室は用意されておらず、私はこれから戦う相手とおなじ空間にいて世間話をしている。相手は山本kidに似た顔で、身長は低いがたくましく筋肉が盛り上がり、どうみても自分より強い人間と思われる。というかそのように姿を検討するまでもなく、私がプロの格闘家とまともに試合できるわけはないのだから負けは決まっているし、試合のポイントは、いかにこちらがそこそこのダメージで倒れられるかになるのだろう。

スタッフからもらったヘッドギアをつけると視界が狭くなった。さらにその上からカメラを装着して、試合中はファインダーごしに相手を見るようにする必要があるらしい。けれど、なかなかうまく付けることができない。時々はぴったりした位置に来ても、カタリと瞬間でずれてしまう。それに、これが仮にうまく固定できたとして、相手の姿をきちんと捉えることができるとは思えない。ますます条件はきびしくなっていくようだ。このカメラはおそらく試合の記録を取るための意味なんだろうけど、でもさ──とそこでようやく気がついた。でも、ボクシングというのはお互いの顔面を殴り合うわけだから、カメラを目につけたりしたらあっという間にパンチで壊されてしまうじゃないか。そんな危険極まりないレギュレーションがあり得るものだろうか。

そこまで考えが進んで、私は装着を諦める理由が見つかったことを喜んだ。

カメラの破片で、怪我をするかもしれない。だから、置いといて、いい。

近くの棚にカメラをしまい、周りを見渡してみる。誰も自分を責める目をしない。安心した。やはり顔にカメラをつけてやるボクシングなんてないのだった。あとはリングでうまくやられる事だけを考えるだけだ。