友達と旅行していたはずが間違った駅で降りて1人になってしまった。次の列車がくるのは3時間後らしいから、ちかくのデパートで時間をつぶそうと思った。

建物に入ってすぐ、食レポ番組の撮影と出くわした。邪魔にならないように避けたけれど、移動した先でまた別の芸能人が店員と大きな声でやりとりをしている。見渡せば客のほとんどが食レポをするタレントであり、それぞれに撮影クルーがついて並ぶ。このデパートにはいま飲食店しか入っていない。なにか大がかりなフードフェスが催されているらしい。

近くにいるメガネをかけたお笑い芸人が、笹にくるまった黄色い団子を手にとり、カメラに向かって大げさに喜んでみせたが、しかし彼はどうやらすでに何件もの店をまわり胃袋がいっぱいになっている様子だった。ゲップをこらえる仕草を隠すように、不自然に体をねじっては涙を浮かべた目を団子にむけて、なんとか食欲を奮い立たせようと念じ、ひと口で頬張るタイミングを待っている。私はさっき腹が減っていたけれど、タレントたちの嘔吐感が移ったせいで食事する気が失せてしまった。彼らは仕事が終わるまでものを食べ続けなければならない。そしてきわめて気の毒なことに、終わりを決める権利を持たないのだ。どれも手のこんだ素晴らしい料理が並んでいるというのに、ここでは誰もが楽しそうに苦しんでいる。

 

窮屈な気持ちになり、私はそのデパートを後にした。駅地下をうろつき、だだっ広いホームセンターの廃墟ような待合所にある、破れたソファに腰掛けると、スプリングがダメになっているらしく尻が椅子にめり込んで、寿司桶にでもはまっているような体勢になってしまった。座り心地がいいとは言えないけれど、窪みにすっぽりはまり込むのはそれだけで何か安心なものだった。ボロボロの椅子、湿った床に、煤けた壁。きどらない服装の人たちの集う空気に懐かしさを覚えた。少なくともここでは、さっきのデパートのように無理をして明るく振る舞う人はいない。

 

目の前に古びた大型テレビがあり、アニメ映画が流れていた。

少年が海に潜りなにか宝を探しているが、そこで巨大なウツボのような怪物に追いかけられ、彼は沈んだ廃墟を利用してうまく身を隠す。未来少年コナンの冒頭を思わせるストーリーだ。

陸にあがった少年は、海底で拾った石をヒロインに手渡した。少女の顔は、輪郭がくっきりしたセルアニメで、なかのパーツはデジタル処理の淡いドット絵で表現されていた。ドットは水面に光を散らしたように絶えず色彩がかわり、それは表情のやわらかさや、記憶の曖昧さを示している。またこれは、少年が少女の顔をはっきり見られていない、照れた感情を映像にしているようにも受け取れる。うまい描き方があるものだと思い、もう1度きちんと確認したかったが、ドットの少女が現れたのはそのシーンだけだった。

 

映画が終わり、椅子から立ち上がると、つま先にコツンと触れるものがあり、拾い上げてみればそれは、赤い塗装が半分ほど剥げた、小型のラジオだった。ラジオには短いアンテナ、ツマミが2つと、ボタンが10個ほど、それらの中心に白黒のモニターが付いている。ボタンをひとつ押してみると画面には電話番号のリストと「通話」の字があらわれたが、選択しても反応しなかった。

そうか、これは携帯電話だったのか。スマホ前夜に現れた、ラジオと電話を合体させた珍商品──と思われる機械を弄んでいるうちに、それには録音の機能や、10曲ほど曲を入れられるメモリがある事がわかった。1曲を選んでみると、おそらく小室哲哉の作曲とおもわれるユーロビートが流れた。甲高い女性ボーカルが、これからの私たちは他人の思惑に左右されない、前向きな生き方をしなければならないと聴く者に訴える。シャカシャカしてこもった音質は、その理想が過去のなかに塩漬けにされてしまったような印象を与え、私はこの曲が好きだったであろう持ち主の現在を想像せずにはいられなかった。登録された沢山の電話番号はもう失われているのだろうけれど、数字の並びは確かに、当時だれかによって構築された人間関係の、もはや辿りようのない足跡なのだと思った。本人に届ける事ができればいいけれども、しかしそんな奇跡を期待するにはたぶん少し時間が経ちすぎている。