タブレットをつかってゲーム配信をしている。

それは細い足場を渡りながら建物を修復していく一人称視点のゲームで、私はときどき足を滑らせ転げ落ちては上を目指して進み、またひっくり返る。なかなかうまくいかない様子をみて、3人の視聴者が応援のコメントをくれていた。

ブロックを担ぎ上げ、指定の穴にいれる、ようやくひとつの課題をクリアすると花火のエフェクトがあらわれ、地上に戻ることができた。すぐに次の目的地がマップ上に表示されるが、その街はいま私が住んでいる地方のものだった。このゲームはポケモンGOのようにGPSと連携して、現実の位置と同期する、そこがひとつの売りになっているようだ。ということは、配信をみている人から、自分がどこに住んでいるのか一目瞭然になってしまうわけだ……。

これはいけない、と思うが、しかし視聴者はゲームを見に来ているだけなのだから、ここで身バレを気にして終わるのは自意識過剰なのかもしれない。なるべく地形を引きでは撮さないように調整して、配信を続けることにした。そこで視点が現実と虚構のまざったものに変わる。

 

私はゲームの街のなかへ入りこみ、タブレットで撮影しながら、地名の書かれた標識を画面に入れないように気をつけて住宅街を進んだ。アスファルトの照り返しをうけて体が熱くなるが、風が汗を乾かし冷ましてくれる。そこにある現実としか思えない肌触りを、私はもう不思議に思わない。

裏路地に子犬が2匹いるのをみつけて撮影すると、視聴者から「もう少し寄って」とコメントが来たので追おうとするが、あまりに道幅が狭く入ることができない。子犬たちが抜けた先には強い光があふれていた。これは何なんだろう、とタブレットの撮影画面をアップにしてみたら──海だ。

テトラポットと埠頭の向こうに、波のおだやかな海が金色に輝いていた。私の住む街には海がないから、これを映しても問題はない。犬が行ってしまった路地を通って、潮の匂いがやって来る。風がやまないのは海が近くにあるからだったのか。

ゲームが要求するつぎのミッションは、海辺の家にあるらしい。

 

その家は庭付きの建売住宅で、扉は開けっぱなしになっていた。玄関からすぐにいける構造になっている広い居間に、10人ほどの礼服を着た人たちが座っている。なにか一族の集まりの宴会が行われた後といった雰囲気がある。唐突に現れた客を誰も不自然におもう様子はなく、私のために席まで用意された。

1人の男が立ち上がり、こちらをみて大声を出しはじめた。言葉ははっきり聞き取れないが、彼が私を茶化し、挑発したがっているのが身振りと声のトーンから受け取れた。

私はカチンと来て、男のもとにかけ寄り「そういうところがあんたの良くないところですよ」と言った。「あんた」という二人称を選んだのが我ながら意外で、「そういうところ」なんて初対面なのにおかしな話だ。どうも私はその集まり全体に、自分の親戚を重ねて懐かしさを覚えているようだった。

男は面食らった様子で居間から出ていった。

怒りはすぐにおさまって、かわりに恥ずかしさがやってきた。用意された座椅子に戻り、出されたビールをぼんやり眺めて、さっきのは間違いだったかもしれないと思った。何を言われたかきちんと把握していなければ、喧嘩だってかみ合うはずがない。強い言葉をいきなりぶつけるのは悪手だし、再び男に会えたらきちんと話をしよう、と考えていると、尻のあたりにもぞもぞ動くものを感じ、とびのいて座椅子を動かすと、下には四角い穴があいていて、中からさっきの男が顔を出した。

どうやら穴の中には梯子がはり付いていて、まっすぐ地下の駐車場とつながる構造になっているようだ。隠し通路は、この家の主人が帰宅した際、玄関を無視して直接この座椅子の場所まで来れるように設計されたものであることが想像できる。

つまり、穴を通る権利を持っているこの男は、ここの家主であり、さっきまで私が座っていた座椅子は彼の普段の居場所だったのだろう。家主は穴から這い出ると、また座椅子を元の位置において通路をふさいだ。そのままにしておくと誰か誤って落ちてしまうかもしれない。座椅子はそれを防ぐ蓋の役目にもなっている。

 

家主は先ほどのことがなかったみたいに笑顔をみせ、座椅子の上に尻を置いた。すると彼の長男がどこからか現れて、父親にたいして普段の行いを責めはじめた。

長男が問題にしているのは、フライパンの洗い方が間違っているとか、服の収納がちぐはぐだとか、切符を買うのが遅いだとか、些細な日常の行いについてなのだが、不満が積もるのはわかるにしても、どれを取ってもそれほど勢いよく断罪するような種類のあやまちだとは思えない。今や私は家主に憐れみさえ感じている。

誰かが遠くで「お前はそんなことで人を責めるような奴じゃなかっただろう」という声が聞こえた。この長男を止める人間が必要だと思っていたから、助け舟がきたような気分だった。あとは3人に任せよう。

 

居間を出て、台所を抜け、奥座敷に入る。そこは壁を埋めるように多くの絵がかけられ、壁をぐるっと囲む棚には生花や調度品であふれて、ちょっとしたギャラリーのような部屋だった。天気の悪い風景画を眺めていると、暗がりから大男が現れて私に挨拶した。話によれば我々は遠い親戚で、私は生まれたばかりの彼の息子の世話をしたことがあるらしい。

大男は棚から紙の束をひっぱりだしてペンで書類をつくりはじめた。邪魔をしないように眺めていると、彼はこちらをみないで「布袋の漢字は簡単なほうのホテイなんですよ」といった。

どこかで見たことのある男だと思ったら、布袋寅泰か。親戚だったとは意外なことだけど、誰とつながりがあるかなんてわからないものだし、もしかしたらこの家にいる人たちとは全員関わりがあるのかもしれない。ゲームが私をここに呼んだのも何か理由があるんだろう。ここで何を修復すればいいのか、具体的なところはわからないけど。

 

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