「ゾーン寿命」と刺繍された手ぬぐいが物干し竿にかかっているのが窓の外に見える。風にゆれるその文字が私には「みなさんここがあなた達の息絶えるべき場所ですよ」とでも言いたげに、不吉な風を振りまいてるようにみえて、これを一刻もはやく処分してしまいたくなったのでベランダへ出ると、目の前に男がひとり立っていた。彼は手ぬぐいを竿からはずして自分の肩にかけ、私に会釈をした。彼が着ているTシャツにもおなじデザインで「ゾーン寿命」とプリントされている。

「これ、近所のおじいさんが着てたやつでさ。おじいさんは80を超えて治らない病気を持ってたからこういう服を着ていたんだよ。もう亡くなられたけど」

そう説明する男の表情は明るく、裏に含んだ感情は読みとれない。彼によればおじいさんは自らの死期を悟ったとき、ひとりこつこつと「ゾーン寿命」シリーズをつくり始めた。さまざまなオリジナルグッズを身につけて歩く老人の姿は地域で有名だったらしい。

「ゾーン寿命」とは外に向けてというより、おじいさんの内なる覚悟をあらわす言葉だったんだろうか。男は老人と友達で、だから今もこのTシャツを身につけ、その本意を確かめようとしているのかもしれない。個人的にそれを着て外へ出るのは抵抗があるけど、男の話を聞いたあと私はゾーン寿命Tシャツをほしい気持ちになっていた。

それはどこで手に入れられるかな?と聞こうと思うが言い出しにくい。そう戸惑ううちに、自分はこの男と知り合いだったんじゃないかと勘が働き、するとぼんやりとしていた男の姿が輪郭を持った顔になった。──森井くんだ。

森井くんは中学の同級生で、違うグループだったからあまり話さなかったけど、私が同世代にたいしてほとんど唯一尊敬の念を持ってみていた人だった。勉強はトップクラスで、体は強く、自分を飾らず、読書家で、持ってくる本は日によって違い、話が誰よりうまい。何をやっても自分には敵うところがないし、それについての嫉妬も起きない。このクラスの誰より優れて、はるかに大人なこの人間を教材にするように私はよく観察していたものだった。なつかしいな。森井くんが会いに来てくれたのか。それにしてもやはり今みても言葉の解釈に血肉が通ってるね。言葉とは、いま森井くんが示しているように認めていくべきものだし、やはり自分よりよっぽどきれいな姿勢を持っている。それを確認できてよかった。俺は彼を見習わなければいけない、となんだか森井くんを大げさに称える気持ちがどんどん加速して、そのうちに目が覚めた。

 

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