テレビをみているとドラマのロケ地が近所の寺であることに気づき、ああ久しぶりに行ってみたいなと思っているうちに、いつの間にか私は画面の中へワープしていた。その寺はまわりを鬱蒼とした森に囲まれ、記憶にあるよりずっと建物の数が多く、目を飽きさせない。歩きながらひとつひとつのお堂の木組みを鑑賞していると、外国人観光客が楽しそうに話しながら横を通っていく。英語をはっきり聞き取ることはできなかったが、彼らはおそらくこの寺で営まれる生活を語り合っているのではないかと思った。そうか、物理的に建物をみるだけではなく、ここにどのようなコミニュティが存在しているか想像するのが肝心なのだ。人の繋がりこそがこの寺を発展させたわけだし、その視点が欠けていれば、いかにそれぞれのものに意味を与えられているかを知ることはできない。と、私はひとりものを教えられたような気分になっていた。

 

靴を脱いで本堂へ入ると、中には意外なほど薄汚れた畳が敷かれていて、進むに従いその汚れもわからない薄暗がりに変わっていく。ところどころにある明かりを頼りに目をこらすと、内装が現代的になっていることに気づいた。そのうちに私は寺に入ったことを忘れて、人の家にいるような心持ちになっていた。ドアを開けると男がひとりで迎えてくれて、彼の部屋へ通された。

「団地にしては良いところでしょ。歴史のある場所で、雰囲気はいいし、基礎がしっかりしてるから風が吹いてもびくともしない」と男は言った。

たしかにここには木の香りが漂い、年代物の家具は暖かで、太い柱はみるものに安心感を与える。こんなところに住んでみたいもんだなと私は思う。

さらに奥の部屋にいくと、そこからは窓の外に広い川がみえる。窓から首を出して覗き込んでみれば、真下も川であり、どうやらこの部屋だけ建物からせり出した構造になっているようだ。風が涼しい。川面には花や草が流れて、水は澄んだ色をしている。まるで仏教絵画のように淀みのない、その景色を眺めているうちに、もしかしたらこれは川ではなく湖であり、じっさいは建物自体が推進しているから水流があるように錯覚しているだけではないかという気がして、やがてその思いは確信に変わった。この建物は湖の上を移動している。

「本当にいい場所ですね。家にいながら船に乗ってる状態を味わえるなんて、なかなかないですよ」と私がいうと、男は満足そうに笑った。

f:id:yajirusi9:20210710164644j:plain