女性がひとり布団に横たわり、薄目でこちらを見ている。その側であぐらをかいて座る私は、細い棒を右手に握っている。棒の先には茶色く愛想ない紙風船がついていて、私は手首を返し、それを彼女の体の上で左右に往復させる。ゆっくりと、うちわを扇ぐように。猫と遊ぶときのように。しかし相手はこれといった反応をみせないし、それがなんの役にたつ運動なのかわからない。もしかしたら自分はこの光景について、なにか芸術的な、あるいは儀礼的な意味を汲みとってくれる他者を期待しているのかもしれない。しかし同時にそんな人はまわりに居ないことを知っている。

「もう眠いよ。寝るから終わりにしようか」と彼女は言って、プラグをつかんでコンセントから引き抜いた。コードは私の持っている棒と繋がっていて、先の紙風船はちいさくしぼんだ。それでもう自分の役目は終わったのだと思って立ち上がると、そこは四方を背の高い本棚で囲まれた、図書館のような部屋だった。高いところにある将棋の雑誌を手にとってみた。冒頭に棋士の日常を追いかけた写真が並び、いくらページをめくっても図面は現れない。ひとりの若手棋士が、しゃもじを手にこちらを見つめる写真が目にとまって、じっとそれを眺めてみるうちに、どうも彼の黒目の輪郭がはっきりせず滲んでいることに気がついた。雑に塗装された人形みたいに。加えてサイズも少し大き過ぎるようだ。もし撮影のミスでこうなったのでなければ、このひとの感情を読みとられにくい目は、きっと棋士としての強味にもなるのだろうと思った。

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