不良の先輩2人と一緒にバイクで山道を走っている。

彼らは余裕をもってスピードを保ったまま複雑なカーブを曲がることができるが、慣れない私は置いていかれないように動きを真似るのと、事故の恐怖心をふり払おうとするのに精一杯で、景色を楽しむような状態になかった。

先輩たちは小さな池のあるひらけた場所にバイクを停めて、バッグからクラブを出しゴルフをはじめた。今まで知らなかったが、昔からゴルフは不良の隠れた嗜みとして文化的に定着しているらしい。自分も倣ってアイアンで近くの小石を池に向かってスイングしてみるけれど、それは運転と同じように、打つたびに狙いとは少しずれた軌道を描く。しかし続けるうちに少しずつコツをつかめてきたようだった。

私は両方の手首をひっつけて、手のひらを開いて30度ほどの角度をつくり「これくらいはできるみたいです」と言った。

先輩が首をひねり返事をしないので、この角度は自分のショットの確実性を示すもので、この内にだいたい収められるようになったんです、と説明すると2人は納得して、いずれ手を合わせるくらい狭められたらいいなと励ましてくれた。

 

我々はその山で解散したはずだったのだけれど、1人の先輩はつけてきたようで、私が家のドアを開けるとなにも言わず、それが当然であるかのように部屋にあがりこんだ。

彼はMMAをやっていて試合にも出ている、どころかその筋の有名人であるらしく、すらりと筋肉質な体をして、精悍な顔に付いた落ち窪んだ野生的な目が、部屋の隅々までみようとよく動く。そしてすこし身をかがめて歩き、小さな声でゆっくりと話す。彼のもつ体の強さ、内側にある攻撃性と所作の穏やかさがせめぎ合っているようで、声が静かであるほど私は怖気付いてしまうが、しかしそれを表に出してはいけないと心の中で言った。先輩はおそらく普通に話せる友だちを探していて、私はその期待に応えたいと思ったからだった。

 

先輩が壁の赤いスイッチを押すと──そんなものがあるとは知らなかったのだけど──部屋が暗くなり、どこからともなく古風なピアノ曲が流れてきた。それに合わせるように先輩は、ボソボソと、自作の物語を朗読しはじめた。

それは大半のひとは5分も聞けば内容を追うのがバカバカしくなるような、あまりにも脈絡に欠けたストーリーだった。主役はいつの間にか入れかわるし、季節も喋っているうちに夏から春に戻っているし、心情描写が事実と混じりあって現実の土台がどこにあるのかわからない。全てが混乱したままだらだらと話は続くが、先輩の口調は自信に満ちていた。蛇行するバイクにくらいつくように、私は筋を見失わないよう意識を集中させる。

それはたとえば、「テナクロス」という名の、海底に住む、ウミウシに似た生物の物語だった。

テナクロスは食事時以外ほとんど動かず、岩の影に隠れるようにして暮らしている。かれらは環境に適応するために、近くの生き物の特徴をコピーする術を身につけた。その能力のおかげで通常の生物にくらべて短期間に姿をかえるために、時代によってテナクロスは有毒だったり無毒になったり、しかし無毒であることが人間の乱獲を招いたり、また肉食から草食へと、全くべつな形態をみせるのだと語られる。

私はそれを聞いて、このストーリーは先輩自身の過去があらわれているものなのだろうと思った。というか、おそらく語りの多くは内面にある問題の告白になっているのだ。だとすれば、打ち明け話を聞くときは真摯にならないといけない。

先輩は私が相槌をうつのに満足して、いくらでも話を続ける。時計は午後3時を指しているけど、もしかしたら1日中いるつもりなんですか、と尋ねることはできない。これはいわゆる「捕まってしまった」状態だなと観念したが、先輩は唐突に話をやめて、本棚の本をじっと眺め、なにか考えこんだ様子になった。

「本はなんでもお貸しするんで持っていってくださいね」と私はいった。

「うん。今日はこのくらいにしようか。あと18章残ってるし」

先輩は大きな目をこちらに向けて、口だけで笑った。

あと、18章あるって?つまり、少なくとも18日はここに通う気なんだろうか。なんだか困ったことになった気がする。でもまあ、考えてみればそれで何かを失うわけではないし、これからちょっとした楽しみができたんだと前向きに考えればいいとも思えた。

いつの間にか、ずっと刀の鞘に手をかけたままでいるような、彼のひりひりした部分が消えているように感じたけれど、それは単に、自分が先輩の視線に慣れたからなのかもしれなかった。

 

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