祖母と植物園を散策している。あたりの木々はみなよく茂り、脇には苔のついた岩がところどころ顔を出して、上下どこをみても柔らかな緑色が目に入ってくる。すれ違う人たちは笑顔で新緑の季節を楽しんでいるようだった。祖母は「いい場所があるから」と言って、私の前を早足で歩いて案内しはじめた。

石畳と芝生だった地面は歩くうちにむき出しの湿っぽい土にかわり、植物園からは外れて、ほとんど管理を放棄されたようにしか見えない「裏側」の区域にさしかかって来ている。淡々と歩いていた祖母が急に立ち止まりふりむく。どうやら目的地らしい、ここには、頭上にケーブルが狭い間隔で2本まっすぐに通って、その下に古びた木製の吊り橋がかかっていた。ケーブルにはびっしりと鳥が並んで座って、見上げればかれらの白いお尻を眺められる。やけにふっくらしているが、むくどりだろうか。寂れた人工物を動物が占領しているコントラストは悪くないものだ。祖母はこのケーブルに鳥が群れることを知っていて、それを私に紹介できたことに満足している様子だった。

そのうちに空は赤く染まって、橋と鳥のシルエットが影絵のようにくっきりみえた。祖母と私は吊り橋に足を踏み入れた。橋は人ひとり通れるのがやっとの幅で、そっと慎重に歩いてもよく揺れる。右脇のロープをつかみながら空を見上げると、ケーブルに止まっている鳥がさっきより近くに感じられて、右手を伸ばしてみると、そいつの腹に触れることができた。その瞬間、鳥の前足が私の手を払った。

鳥の前足?──鳥に前足はない。見渡せば数え切れないほどの大きな目が私を睨んでいる。この瞳孔の形を変える鋭い目は、鳥ではない。猫だ。ここに止まっている動物はすべて猫のようだ。猫の集う橋か。そうか、たしかに、これはたいへん珍しい光景だし、紹介したくなるのもわかる。そう思って様子を確かめたが、祖母は猫たちに目もくれず向こう岸へ進んでいった。

足場の板はところどころ崩れて、踏みはずせば落ちるだろう、大きな綻びが口をあけている。川の水は枯れているから、はまれば命はない。これは部外者が気安く乗って良いような橋ではなかったのだ。私は不安になり、「そろそろ引き返そう」と祖母を呼んだ。けれども声は届かない。手すりのロープをぎゅっと握り、体を安定させようとするが、力を込めるほど橋は左右にゆれる。祖母は橋を渡り切ったようだった。さて、これから進退どうするべきか。

連なった猫の腹は、すでに日が落ちてよくみえなくなってしまった。

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