ひとけのない夜道を歩いていると、坂の下から人の走る音が近づいてきた。空を覆う黒い雲よりも暗い色の服を着た男が靴音を止めて、背後から私をはがい締めにした。黒い男の身長は、私の肩よりも低い。彼の鼻が背骨にあたり、くすぐったい息づかいを感じる。助けを呼ぼうと首を振ったとき、右側に石垣のようなものがみえたが、それを照らす街灯は消えかけていた。我々をみるものはどこにもいない。

「いいから、ちょっと来い。声を出さないで」と男は小さな声で言いながら、体を密着させてゆすり、私を近くにあるテントへ運ぼうとした。拉致されてはかなわないと思うが、彼の声色にはどこか冗談めいた響きがあり、肩を縛る力もよわく全力を出していないのがわかる。私はその軽さを信じてみることにして、ほとんど抵抗せずに、引かれるがままテントに入った。

中は思ったより広く、5人ほどの人間が背もたれのない木椅子に座ってくつろいでいた。テーブルにおかれたひとつのランプが、暗いテントでそれぞれ体の一部分を照らす。彼らは全員が、悪魔や魔術師、骨人間といった不気味な怪物怪人のコスチュームを身につけていた。おそらくハンドメイドのその仮装はどれも少し安っぽいが、しかし手の込んだ仕事とセンスを感じさせるもので、そのことが私を安心させた。丁寧に人を騙そうとする心構えのあるところに、きっと暴力は入り込みにくいはずだ。

「占って欲しいことは?」とガイコツ模様のタイツを着た男がいった。「我々に聞きたいことがあるんだろう。だから君はここに来た」

「じゃあ、将来について」と私は答えた。無理矢理つれてこられたんだと訴えたり逃げだそうとすれば面倒が起こるだけだろう。

彼らは一斉に輪を作り、私を中心にくるくると回り始めた。手を上下させる、ゆるい振りのついた踊りを合わせる。それはだんだん速度を上げて、それからまたペースを落とし、最後に怪人たちはひと塊に集まった。ひそひそ声で会議して、占いでみえたものの意見をすり合わせているようだ。

ガイコツ男が煙草に火をつけ、結果を告げる。骨の軋むような高い声だった。

「しばらく君は、妹さんにお金を借りないほうがいい。もしそうなったら30日後きっかりに妹さんの我慢は切れて、悪い噂が広がり、君の評判は地に落ちることになるだろうから」

「そうですか。わかりました」といってみたが、私に妹はいないし、この占いからはどう考えても得るものがない。

ここまでしっかりとムードをつくっておきなら、どうして「妹さん」とか「借金」なんて限定された、占いとしてはリスクのある当てずっぽうを言うんだろう。こういうのは嘘でも本当でもいいから、もっとどうとでも受け取れるお告げ──たとえば「30日後、星の動きがあなたの運命を変える。東から善きものが、少しして南から善を阻害しようとするものが現れるが、善きものを見離さなければ南の厄は去るだろう」とかなんとか、抽象的な未来を提示すれば、それだけで私は満足したはずなのだ。

よほど私はそうガイコツ男にアドバイスしたいと思った。けれども話をこじれさせても仕方ないので、おとなしく金を払うことにした。

「おいくらですか」

「50※※だよ」

※※は聞いたことのない単位だったが、ポケットを探るとざらりとして重い金貨が4枚出てきて、それを払ったらみんな笑顔になった。

「私たちは王に会うために金を稼いでいるんだよ」と、私を連れてきた小男が言った。「王は森の中にいてめったに謁見してはくださらないが、ときに多くの金貨がそれを可能にしてくれる。だから力を合わせて稼がないといけないわけだ。かの王の偉大なのは、頭から自然に王冠が生えてくるところでね。鹿の角のように。生えては取れるをくりかえしておられる。とても美しい王冠が、頭蓋骨から、伸びてくる。そんなお方を王と呼ばずになんと呼ぶかね」

「おそらく、王としか言えないですね」

考えたこともなかったが、道具もなく王冠を創るものがいたら──本当にそんな人物を目の前にしたら、そこに権威をみるかどうかはともかくとして、やはり私も彼を王と呼びたくなるにちがいない。

我々は手を振って別れた。テントの外に出ると雲は消えていて、明るい星が4つみえた。気の遠くなるほどの昔、誰かが線を引いて結びつけたはずの星の塊。あれは何座というのか、いつか誰かに聞いてみよう。

帰り道、私は森の中に住む王を想像してみようとしたが、現代の王がどんな姿なのか、うまく形にならなかった。